新宿の母物語


昭和33年4月、27歳のときに、私は占いの場所を新宿に定めました。

今の若い方達には、50年以上前の東京、新宿の様子なんて想像できないかもしれませんね。ちょうど、天皇皇后両陛下(当時の明仁親王と正田美智子さん)の婚約が発表された年でした。

おふたりがテニスをきっかけに知り合われて、恋愛結婚されるということをニュースで知ったときには、「これから豊かで自由な、いい時代がくるんだなぁ」と思いました。たぶん、他の人達もそんなふうに感じていたと思いますよ。

でも、その一方で、新宿には不幸で貧しい女性達がたくさんいました。

彼女達は、薄暗くなると街角に立ち、体を売って生きていました。好きでやってるわけじゃないんですよ。生きていくために、そうするしかなかった人がたくさんいたんです。

昭和30年代のはじめの新宿は、そういう街でした。

それから50年以上、私は新宿の一角で300万人以上を占ってきました。雨の日も風の日も、朝から夕方まで、占っている間はトイレにも行かず、食事もせず、ずっと立ちっぱなし。だって、お客さんが立っているのに、占う私が座っているのって、なんだか気持ちが悪いんです。
70歳を過ぎた今も、それは変わりません。昔のように毎日ではありませんが、それでも週に2日は伊勢丹の横に立ち、占い続けています。この50年の間に、新宿という街も、人々の考え方も、ずいぶん変わりました。

持ち込まれる悩みの内容も時代によって違います。でも、私の占いのスタイルは変わりません。私は、「占い師とは人を幸せに導く職業」だと思っています。「運が悪いね」とおどかすなんて、だれにでもできること。私は占いを使って、不運を乗り越える方法を教えてあげる人生相談の相手でいたいと思い、幸せなことにそれを長く続けて来れました。

だれにでも必ず、幸せになれる方法があります。その方法を探し出し、一緒に考えてあげるのが「新宿の母」である私の変わることない占いのスタイルなんです。

あなたも「新宿の母」に
占ってもらいませんか?


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